2017-05

south of SENEGAL and GAMBIA part5

<difference:違い>

18日かけて走ってみて強く感じたのは、difference。

「そこは暑いからこっちに来なさい。」
「これを飲みなさい。」
私が動くと、扇風機も一緒についてくることもあった。
自分たちは何も飲んでないのに、私の目の前には水の入ったコップが常備されることもあった。
「ここは蚊が多いから。」と言って、蚊取り線香を持ってきてくれる人もいた。

「みんなは暑くないの?喉乾かないの?かゆくないの?」と聞いたことがある。
すると、「暑いし、喉も乾くし、かゆいよ。でも、ずっとここで暮らしているから、ちょっとだけだよ。でも、お前はすごく感じるだろ?」と返ってきた。
違うということはおもしろくて、違いを知るということは思いやりに繋がるんだな、と思った。

でも、違うということは腹が立ったり、悲しくなることもある。


~例えば、セネガルの女の子と話していた時のこと~

私「セネガルの男性は挨拶の次に、”結婚しよう!white peopleと結婚したいんだ!”って言ってくるけど、私の名前も知らないくせに何で?嫌な人だったらどうしよう?ってworry心配じゃないの?」

マ「??」

この会話を聞いていたセネガルの友人が「この子はworryを知らないんだ。」と言って、「仕事がなくなったり、お金が無くなったりする時のことだ。」って説明しだした。
worryという単語じゃなくて、感覚を知らない人がいることにびっくりした。
この会話をした時に、たまに感じてた違和感に納得できた。

感覚以外にも違うことはたくさんある。例えば、
●対人関係の持ち方(血が繋がってなくても家族で、名前を知らなくても友達。お金がある時は奢ったり、シェアする。)
●お金の使い方(自分のお金は家族や友人に分けるのが“当たり前”。お金ないのよ~”って言ってご飯は我慢するのに、たばこ・お酒・ジュース・携帯のSIMカードは買う。)←私は「自分が使ってもいい」と思った時・相手・モノを使いたい。お金がない時は節約する。
●宗教(神を信じてるから大丈夫。)←私は、自分のことは自分でしないといけないと思ってる。

違うということは、おもしろさや感動がある。
でも、片方の持っている感覚や価値観をもう片方が知らないと、理解しあうことが難しいということも感じた。

感覚や価値観は目に見えない、形のないものだ。
「相手の持ってない」、「目に見えないもの」を「日本人の感覚にピッタリくる表現のないフランス語」で理解しあうのは不可能なんじゃないかと、思ってしまう。(それ以前に、私のフランス語力は低すぎるけど…。)

情報は頑張れば、言葉で伝えることができる。
でも、目に見えない”感覚”を伝えるのは難しい。
その感覚を形成する要因:育った環境・文化・宗教を知らなければなおさらだ。

そして、相手の感覚を受け入れることはできても、倣うことはできないこともある。

この先、どうやってdiffrenceと付き合っていくか?
贅沢な悩みに頭を抱えてる日々です。
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south of SENEGAL and GAMBIA part4

Abene>

ポストカードで大きなバオバブの木を見て、一目惚れ。
みんなに訊くと「Abeneじゃない?」と言われて、行くことに。

Abeneに着くと、これまで来た町よりも、カラフルな服を着てドレッド頭のバイファルの人たちがたくさん!
(バイファル:「労働」を教義とし、働く代わりに祈りや断食をしないイスラーム教団ムリッド。)

ウォルフ語で「Nakala?(ナカラ?How are you?)」,「Begue!(べゲ!Happy!)」の会話で満ち溢れているAbene.
最初は10分も絶たないのに何回も聞かれるから、「毎分毎分、幸せを感じてないよー。笑」って言うこともあった。
だけど、「不幸じゃなければhappyでいっか。」、「私が幸せ、って聞いて安心するならいっか。」と思うようになり、何回でも「Begue!」って言うようになってた。

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6本の木が絡み合ってる大木。みんながお祈りに訪れる木。

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綺麗な海。

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夕方になるとジャンベの音が聞こえてきて、毎晩、夜中まで続く。

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時にはカンコラン(なまはげのような、厄除けをしてくれる存在)が出没したり。

毎日たくさん「Begue!」って言って、海を見て、音楽を聴いて、みんなとのんびりして。
本当にBegueな時間だった。

south of SENEGAL and GAMBIA part3

GAMBIA>

セネガルに挟まれているガンビア。
急にフランス語から英語に変わる。
「セネガルと同じだよ。」という国民もいれば、「旧イギリス領になってからの歴史があるから、セネガルとは全然違うよ!」という国民もいた。

私の感想は、4日しか走らなかったので違いは分からない…。
(フーフーというキャッサバでできた餅のような食べ物は、ガンビアのご飯みたい。)
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1月まで大統領選挙で騒がしかったようだが、セネガル同様、温厚で親切な人ばかりで走りやすかった。

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south of SENEGAL and GAMBIA part2


<Joalにある貝殻島:Fadioth>

海沿いにある町:Joalには木の橋でつながっているFadiothという小さな島がある。
この島の住人は貝を食べるのが大好きで、捨てた貝殻で出来上がったんだとか。
道路や壁面など、あちらこちらに貝殻が埋め込まれている。

ここには国民の94%がイスラム教徒というセネガルには珍しい、教会とキリスト教徒の墓地がある。
そこに、縁あって出会ったちびっ子3人と行くことに。

貝殻に覆われたお墓は、綺麗な芸術品のよう。
お墓だから写真を撮るのは失礼だって思う気持ちと、綺麗だから撮りたいという気持ち。
あーだこーだ心の中で葛藤して、結局、数枚写真を撮った。

ちょっと後味悪く墓地を離れようとすると、ちびっ子3人が何回も墓地の方に振り返って、小さく手を振った。
「あ、ここは人が眠ってる場所だったんだよな。自分を正当化することに必死になって、ちゃんとここに眠っている人に話をしてなかったな。」って気付かされた。

フランス語でなんて言っていいか分からなくて、「A bientot.またね」って言うと、ちびっ子3人は笑って、「A bientot!」ってまた小さく手を振った。

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素直に、誠実に。
大事なことを思い出せた、貝殻島でした。

south of SENEGAL and GAMBIA part1

Dakar-Sindia-Fimla-Fatick-Passy-Karang(国境)-Banjul-Brikama-Abene-Bignona-Ziguinchor:550km
(ZiguinchorからDakarまではフェリーで)

<TERANGA:テランガ>
セネガルにはTERANGAという文化がある。
「親切におもてなしする」とか「あたたかく歓迎する」という意味だ。

自転車で走り出すと、本当にそれを感じる。
「そこは暑いから、ここで休みなさい。」
「こっちに来て、一緒にご飯を食べていきなさい。」
道を聞くとそこに無事に着けたか、確認に来てくれる人もいた。

「Merci beaucoup!(メルシーボークー:ありがとう)」と言うと、
満面の笑みで「TERANGAだよ。」と言う。

いただく私も嬉しいが、おもてなしする方も嬉しそうで、さらに嬉しくなる。
こうやって毎日、たくさんのTERANGAをいただきながら走った。

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※セネガルでは、家族みんなで大皿のご飯を一緒に食べる。
具材は切り分けられてなくて、年長者が小さく分けてみんなに配ってくれる。

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Orange☆

Author:Orange☆
今年、めでたく三十路の仲間入りを果たしたOrange☆と申します。
8月からチャリを持って、世界をちょこっと旅しようとかと思っている者です。

以後、お見知りおきを♪

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