2018-04

Nigeria part11

3月29日

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ナイジェリアは電線に木や石がぶら下がっている。
この電線と、トタン屋根の家と、ヤシの木が私のナイジェリアのイメージ。

85km走って、Akamkpaに到着。


3月30日

ナイジェリア走行、最終日。

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48km走って、Calabarに到着。

宿探しよりも先に、カメルーンビザ申請のために大使館に向かう。
迷子になっていると、さっき道を尋ねたMr.Smartが車でやって来て、みんなに聞いてくれ、誘導してくれた。
Calabarに着いて、2時間後。
ようやく大使館に着いたーーーー!!

と思ったら、イースター(4/1(日))に合わせて今日から休みらしい…。
明日は土曜日。火曜日まで、おあずけだ…。(月曜日はhappy mondayらしい。)

大使館のスタッフらしきMr.Donarudoが、「ボスが来たら土日でも特別にもらえるから、ここの近くに泊まった方がいい。」と言うのでみんなで宿探し。

ただ、このエリアの宿は高い!
1番安いホテルで10000ナイラ(3000円)。
でも、決めないとみんなずっと付き合うと思うし、朝御飯以降なにも食べてなくてもうクタクタなので取り合えず1泊することに。

すると、Mr. Smartがフロントのお姉さんに、「キスあげるから、7000にして!笑」と投げキッスを始めた。
お姉さんは「いらないわよ!笑」と言いながらも、8000に値下げしてくれた。
(その後の宿泊は、マネージャーさんが、「セネガルから自転車で来たの!?5000でいいわ、my heartよ。」と値下げしてくれた。)

その後、みんなでワイワイ写真撮影。笑



みんなが帰って部屋に一人になると、こみ上げてくるものがあった。

仕事でもないし、強い目的があるわけでもない、私の旅。

いつも通り、情報や実際の雰囲気で行ける!と確信したから走り出したけど、大使館の人とやり取りをする中で、「万が一、何かあったら、この人たちに迷惑をかけるんだよな。」と思い始め、気持ちが揺らぎ始めた。

「西アフリカを自転車で走ることは、迷惑をかけることなのか?」
「いや、無事に走り抜ければ、迷惑はかけない。」
「でも、何かあるか、ないかは誰にもわからない。」

ずっとぐるぐる考えてきた。

「危険って何だ?」
「問題を抱えている"地域"があったらがあったら、その"国"は危険なのか?」
「一度危険とひろまった国は、いつ、誰が、"落ち着きましたよ"と教えてくれるのか?」

「観光業が盛んだった国の人たちは、どうやって生活するんだろうか?稼げないことで犯罪につながらないのか?そしたら、ずっと危険な国になってしまうのか?」
「他の国の人たちの生活の心配をするよりも、自分の国に迷惑をかけないことを優先すべきなんじゃないか?」

ずっとぐるぐる考えてきた。

そして、これが「"絶対に"何もあってはいけない」というプレッシャーや、「本当は危険なのか?」という疑心暗鬼になって、毎朝緊張してた。

外に出れば、人懐っこさ3割増のみんながちょっかいかけてきたり、心配してくれたり、大事にしてくれる。
だから、そんな緊張はすぐに消えちゃうんだけど、毎朝、毎朝、緊張してた。

それでも走ってきた。
ここには書ききれないくらい、毎日誰かに親切にしてもらって、ここまで来れた。

悩んで、緊張して。
もちろん腹の立つこともあった。
でも親切にしてもらったら、嬉しくて楽しくてまた走ってきた。
それを繰り返してるうちに、ナイジェリアを走りきっていた。

走らないと、みんなに会えなかった。
走らないと、「西アフリカで一番危険な国」と呼ばれているナイジェリアの、違う一面を知ることができなかった。

走ってよかった。
走りきることができてよかった。
そう思うと、こみ上げてくるものがあった。

そして、ぐるぐる考えてきて出た答えは、【私は迷惑をかけたいんじゃない。「走れる国」を走りたいだけだ。】ということ。

人によって、「走れる国」は違うと思う。
だからこそ、自分が走れると判断した国は、安全に走り抜けなきゃいけない。そう思う。

「絶対」はないけど、安全に走り抜ける確率を上げることはできるはずだ。
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Nigeria part10

3月27日

今日から久しぶりの2車線。
曇りで、アップダウンも緩く、スイスイ進む。

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ハーブなどのナチュラルなもので治療するらしい。
受けてみたかったなぁ。

80km走って、Abakalikiに到着。

夕ごはんを食べにレストランを探していると、青年が案内してくれ、また宿まで送ってくれた。
青年の名前はFriday。
以前、Sundayさんに会ったことを伝えると、ナイジェリアにはMondayさんと、Frydayさんと、Sundayさんがいることを教えてくれた。
Mr.Mondayにも会いたいなぁ。笑


3月28日

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西アフリカでよく見かける、プランテンバナナ。
バナナの仲間だけど、でんぷんが多く、調理して食べる。

13時過ぎると、バテ始める。
暑さと高湿度だけじゃなく、こまめに日陰休憩を取らないのも要因だ。

私の個人的な印象だけど、ナイジェリアの人たちは何でも3割増のような気がする。
走行中のちょっかいの数も、ちょっかいの質の悪さも、声のでかさも、喋りかける勢いも、態度のでかさも、ビジネス好きも。
※もちろん、「一部の」男性だけです。

だから疲れている時に、食べ物を飲み込めないくらいの勢いで質問攻めにあうのが嫌で、休憩を取らず、ひたすら走ってバテていることが多い。苦笑
今日もバテながら 73km走って、Ugepに到着。

ただ、女性の人懐っこさと可愛らしさも3割増。

宿探しの前にジュース休憩しようと立ち寄ったお店では、「ゆっくり休みなさい。」と言って、数分放っておいてくれ、私の様子を確認してから、「これ食べたことある?」と次から次にご馳走してくれた。
そして、マンゴーの取り方も教えてくれた。

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宿の場所を尋ねると、「気に入るか分からないから、まず車でつれていってあげる。」と言って、案内してくれた。
(車のドアを開けよとすると、「待って。」と言って、そこをたまたま通った若者に開けさせるくらい、本当に至れり尽くせり。笑)

走ってる時は暑さ、ちょっかい、交通マナーがひどくて、これまでのように「これ何?」と立ち止まることが少なかったナイジェリアだけど、また走ろうと思えるのは、こういうやりとりが毎日あるからだ。

ナイジェリアの女性はよく、「I like you!」と言う。
会って、言葉を交わす前から言う。
そして、好きが溢れてる。

毎日、あったかい(いや、熱い)気持ちにしてくれる。
本当に、女性の鏡です。

Nireria part9


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(Benin cityは13世紀のベニン王国時代、宮廷美術が発達していて、中でもブロンズ彫刻はアフリカ美術史上最高級の評価を受けている、らしい。)

友人に紹介してもらったライダーさんと合流し、自転車を見てもらえることに!
チェーンの緩みがなくなり、フロントギアも2と3が使えるようになった。感謝!!


3月21日


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NO MONEY, NO FRIEND. アフリカらしいなぁ。嫌いじゃない。笑

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今日から4車線。ナイジェリアの人はダブリンって言ってる(ように聞こえる)。

対向車がいなくなっても、追い付け!追い越せ!なナイジェリア人ドライバーなので、クラクションの嵐と猛スピードでスレスレを走っていくのは変わらず。

雨季の未舗装は嫌だけど、こんな走行は寿命が縮む。
70km走って、Agborに到着。

ここ最近、「What do you sell?(なに売ってるの?)」と、バックの中身を訊ねられることが多い。笑


3月22日

今日も高湿度とアップダウンの道に、1時間もしないうちから汗だく。
かと思えば、通り雨でびっしょり。
でも、最終的には、服も乾いてノープロブレム。笑

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ニジェール川。
マリのバマコ、ニジェールのニアメ、ニジェールとベナンの国境で見てきたけど、多分これで最後。


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背泳ぎを披露してくれた青年。

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砂を掘り出してるのかな?

歩行車道をゆっくり歩きながら、ニジェール川を見れて嬉しかった。
85km走って、Onitshaに到着。


3月23日

今日は途中からold road(2車線)で走ってみた。
町も多めだったから、山道や4車線のように猛スピードを出す車は少なかったが、「チンチェンチョンホニャララ~」とヘラヘラ至近距離で伴走してきたりする腹の立つちょっかいや、バックミラーを見ないで急に走り出したり、急に止まる車に疲れた。

40km走って、Awkaに到着。

夕方、激しい通り雨。
日中にも降るようになってきたなぁ。


3月24日

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朝ごはんを食べていると、隣のミスターがお酒を飲む前に、一口分、地面にかけた。
この光景は、ナイジェリア1日目のBadagrでも見た。
これは、まず先に、ご先祖様にお供えしているという意味らしい。

私の実家も、炊きたてのご飯は、まず仏壇に供える。
そのことをミスターに伝えると、嬉しそうに笑ってた。
ヨルバ族も、イボ族も、私の母も同じ。うちの母にも教えようと思う。

67km走って、Enuguに到着。

ここ数日、疲れで顔のむくみがひどい。
そして、疲れすぎて人と話すのが億劫になってる。
こんなんじゃ、つまんない。
ちょっと休憩しよう。

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3月15日

今日も気温は35℃越え、湿度も高い中を汗だくで走っていると、反対車線に落ちている大きな布が目に入ってきた。

気になって、見ながら通りすぎると、痩せ細ったおじいちゃんだった。
自転車を置いて、水を持って駆け寄ると、時々見かけるホームレスたちとは様子が明らかに違う。

声をかけても、叩いても、反応はない。
水を口元にかけても、反応がない。
白内障なのか、瞳は白濁していてよく分からなかったけど、目のすれすれで手を振ってもまばたきもしない。
ただ、浅くて長い呼吸をしているだけ。

何でこうなっているのか分からないから、動かして良いのかわからないけど、2人でできる限り刺激を少なく日陰に移動させて、病院に運ぶ連絡をしようと思って、手をあげるけど誰も止まってくれない。

200mほど先の坂のてっぺんで、検問をしているのに気付いて、走って手を貸してほしいことを伝えた。

すると、警官は「朝からいるんだよ。朝、○○(分からなかった)に電話したけど、来ないんだ。」と。
もう、13時を過ぎている。
とりあえず、日陰には移動させてくれた。

病院はどこにあるのか尋ねると、「ない。」と言う。
確かに前後は小さな村だが、100km手前には空港もあるくらいの町がある。

「じゃあ、私が連れていく。」と、車を止めようと手を上げると、「彼は精神疾患があってさまよって来て、どこの州の人か分からないんだ。」、「私たちには何もできない。」、「誰も止まらないよ。これがナイジェリアだ。」と。

そうこうしているうちに、同僚の警官2人と、検問してた場所の前のホテルから3人やってきて、「早く行け!」と怒鳴られたり、「もう、ただ息だけしている状態じゃないか。」とか、「5日前からこうなんだ。手遅れだ。」とか、「どこから来たんだ?」、「電話番号は?」とか。

「お金は私が払うから。」と言うと、「こういう人は普通の病院じゃダメなんだ。スペシャルな病院は近くにないんだ。」と。
こういうやり取りを数分していて思ったのは、身元不明の人の医療システム(お金が払えない人の医療費、介護できる家族のいない人の医療場所、家族のいない人のお墓)がないんじゃないか?ということ。

そして、一瞬抱き上げただけだから分からないけど、手足は拘縮していたように感じた。
自分でここに歩いてきたとしたら、もう何週間もいるってこと?
この暑い時期に、何も口にできずに?

こんなに人がたくさん通っているのに、脇道で独りぼっちなんて、きっと私が辛かったんだと思う。

「じゃあ、あと少しだけ一緒にいさせてほしい。」と言ったが、「もう行きなさい。」と自転車を起こして私に渡してきた。

私はもうこの6人に立ち向かうことができなかった。
いや、しなかった、というのが正しいのかもしれない。

多分、倒れている人を見たら病院へ連絡するという私の常識に疑問を感じたんだと思う。
サポートシステムのないナイジェリアで病院に連れていくということ、その後のおじいちゃんの人生を考えたら、自分の常識が揺らいだんだと思う。
だから、病院に連れていくことをやめた。

でも、独りぼっちの最期にすべきではなかった。
あんなに人がいるのに、独りぼっちの最期なんて。

私は、アウェイの中で立ち向かうことができなかったのだ。
独りぼっちにした自分が情けなく、恥ずかしい。
涙の理由が解っても、戻らなかった。
こんな感情の中でも、喉は乾くし、お腹も減る。
それがまた辛かった。

書くということは、晒すということなのか?、それとも残すということなのか?
悩んだ。

私はこのブログに、「私の感じた」悪い点や不快なことも書いてきた。
だから、自分の情けないことは書かない、というのはフェアじゃないように思う。
そして、おじいちゃんは望んでないと思うけど、おじいちゃんのことを知ってほしいと思い、書くことにした。

立ち止まったり、立ち向かうことは勇気や覚悟が必要な時がある。
この後悔を、立ち止まるための勇気や覚悟に変えていきたいと思う。

65km走って、Ifonに到着。


3月16日

89km走って、Benin cityに到着。

Nireria part7


3月12日

51km走って、Ifeに到着。

ここ最近、スプロケットの調子がおかしく、チェーンがものすごくたるむ。
自転車屋さんに持っていくと、チェーンを切ろうとするので、ストップをかけてみんなであーだ、こーだとスプロケットのネジを回してみる。

フロントギア3(重いギア)なら、たるみが少なく走れるようになった。
(途中、勝手に2になって空回りするから、いつでも止まれるように脇道を走ってるせいか、連日パンク…。)
大きな町まで騙し騙し進んで、ネットで調べるなり、交換するなりしないとな。


3月13日

チェーンを気にしながら72km走って、Ondoに到着。
(重いペダルで走って、クタクタ…。)

夕ごはんを食べに行こうとお店を探していると、一人の少女がお店まで案内してくれた。
メニューや金額を教えてくれ、注文までしてくれた後、「宿までの道、分かる?」と何回も確認してくれた。

「大丈夫!ありがとうね。」と言うと帰っていったけど、数分後に「私は何も食べないけど、待ってる。」と言って戻ってきてくれた。

ナイジェリアだけじゃないけど、暗くなくても、危険じゃなくても、誰かが一緒にいてくれる。
女性ならではの危険もあるんだろうけど、女性だからみんなが心配してくれ、守ってくれている。


3月14日

宿を出てすぐ、昨日お世話になった少女と会った。

「7時くらいに出るって言ってたから。」と言って、ビニール袋を差し出してきた。
中にはアフリカの布が入っていて、「これで、お洋服作って着てね。」と。

帰ったら、裏生地付きの丈夫な洋服を作ってもらって、写真を送ろうっと。
嬉しい気持ちと、帰ってからの楽しみをいただいて出発!

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ナイジェリアでカカオ発見!

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大きなカタツムリ。
(オシャレに言うと、エスカルゴ?)
食べられるらしい。

78km走って、Usoに到着。

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Author:Orange☆
今年、めでたく三十路の仲間入りを果たしたOrange☆と申します。
8月からチャリを持って、世界をちょこっと旅しようとかと思っている者です。

以後、お見知りおきを♪

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