2018-04

Nireria part2


<Seriki Faremi Williams Abass Slave Museum>

Sarahが案内してくれたのは、奴隷に関する博物館。

DSCN3525_convert_20180408175831.jpg

ダホメ王国時代、ナイジェリアの海岸で、Williamsというスペイン人とAbassというダホメ人が奴隷貿易を行っていた資料が残されていた。

奴隷にするために連れてこられた人たちは、小さな窓が1つだけある小さな部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれる。
(この奴隷狩りの時も、この民族を狙う、というものがあって、顔に刻まれている"民族の証"で選んだんじゃないだろうか?)

鎖で繋がれ、トイレもその部屋の中で。
こんな衛生面じゃ、病気で亡くなる人もいる。

逃げ出せば殺されるか、二度と逃げられないように足の指をすべて切り落とされたそうだ。

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逃げ出せないように、首、腰、足に重い鎖で繋がれ、反撃するパワーをもてないように、食事は1日1回だけ。
しかも、上唇と下唇の近くに穴をあけ、勝手に何も食べれようにマスクを装着させていたそうだ。

ようやく船に乗れても、嵐などで船が傾けば、船のバランスをとるために海へ放り投げた、と。
奴隷の人数より、たどり着けずに亡くなった人数の方が多いんじゃないか?と思った。

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大きなパラソルが欲しい時は、奴隷40人と交換。
大砲は100人。
銃は40人。
ワインは10人。
お皿は10人。

こんな馬鹿げた理由で奴隷にさせられた人たちは、自分の名前を持たない。
雇い主の名前を身体に刻印され、家政婦もしくは農夫として生きたそうだ。

博物館の敷地内には、Abassの墓があった。
「誰も掘り起こして、骨を捨てようとしたりしないの?」とガイドに尋ねると、彼は笑った後に「奴隷貿易の歴史を知ってもらうために必要だからね。」と答えた。

知ることは、二度とこんなことを繰り返さないようにするため、そして供養になるのかもしれない。そんなことを思った。

このあと、Sarahの大豪邸にお泊まり。
一緒に韓国映画を見て過ごした。
帰ったら、韓国映画を見たい!と、やりたいことリストが増えた :) 

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