2018-02

Brukina Faso 情報

<ビザ>

・マリで入国日指定で取得


<宿>

・大き目の町では、ミッションカトリック(教会)に併設してある宿に泊まることが多かった。wifiあり。5000CFA前後。
(首都はCentre Missionnaire Les Lauriers。ここも教会。共用トイレ・シャワーは4000CFA.シャワー有りは6000CFA.天井に扇風機あり。)

・小さな村では、何かしらの施設に泊めてもらえた。2000CFAくらい。

<ご飯>

これまで同様、主食にソースをかけたもの。

DSCN2155_convert_20180215200248.jpg
アリコ(豆)

DSCN1438_convert_20180215210137.jpg
ト:メイス(とうもろこし)の粉に水を加え、煮たもの。
たまに見かける、オクラのようなねばねばしたこのスープが美味しかった。

DSCN1606_convert_20180215194940.jpg
ご飯にアラシ(ピーナッツ)味のソース。
個人的にはセネガルのマフェ(ピーナッツ味のソースだけど、カレーのようにちょっととろとろしている)の方が好き。
というわけで、首都ではセネガル料理屋さんに通い詰めてました。笑


<病気>

・マラリアもそうだが、デング熱にも注意!
※「Embassy of Japan in India デング熱」がとても分かりやすく説明してあるので、読んでほしいです。

蚊の吸血活動を通して、デングウイルスが人へ移っていくことで感染。

症状は、突然の高熱・頭痛・目の奥の痛み、腹痛など。
検査キットが購入はできないけど、検査はしてくれる薬局もあるので、薬局か病院で検査をして診断してもらう。

基本的に治療は、症状に対応するのみ。(症状による苦痛は和らげるようにするが、基本的には自己免疫で頑張ってもらう。)
ただ、一時的に血液の中の止血担当である血小板が低下することが多いので、解熱剤はParacetamol:パラセタモールを内服する。(他の解熱剤には出血傾向を増強する可能性があるため。)
(↑とか思うと、私は病院で血液検査をしたくなる…。)


・自己免疫を下げない工夫。
罹患しても発症させない体調管理方法。
とりあえず、酢とモリンガを持って移動。笑

・すごい砂ぼこりの季節。
砂塵予防に、鼻の中にシアバターを塗布すると良いらしい。
(私は違和感が我慢できず、すぐ止めてしまった…。
そして、髄膜炎の菌は砂塵の中にいると言われているらしく、髄膜炎予防にもなるんだとか。(本当かな?))

<言葉>

●首都近くはモレ語、マリ側(西側)はジョラ語を話していた。
ジョラ語はマリのバンバラ語とほぼ同じ。

~モレ語~

・ありがとう:バルカ
・おいしい:ヤソマ

~ジョラ語~

・おはよう(午前中):アニソコマ
・こんにちは(12~15時):アニク(キ)リ
・こんにちは(15~18時):アニュラ
・こんばんは(夜):アニュス

・ありがとう:アンチェー
・おいしい:コーカイン、または、アニャナ

今までで一番(コートジボワールと同じくらい?)、フランス語を話せる人が多かった!
学校に行ってなさそうなちびっ子たちも話せた。(読み書きはみんな苦手。)

そして、現地語を全く話せないちびっ子や若者に会うこともあった。
何十年後かに来たら、大きな町に住む人たちは民族の証(顔にあるマーク)も現地語もなくなってるのかなぁ、なんて思った。

Brukina Faso part11

1月18日

身体中が痛い。
久しぶりの走行なのに、走りすぎた…。

6時に教会の鐘が鳴り、みんなが活動し始める。
テントを片付け、お礼をして出発。

いつもは油たっぷりのomelette(オムレットゥ:卵焼き)を挟んだパンと、練乳たっぷりのcafe au lait (カフェオレ)の500CFAセットを食べているが、今日は違う朝食を食べてみることに。

DSCN2357_convert_20180215192730.jpg

ガレット。材料は雑穀らしく、発酵臭がする。1枚5CFA.


DSCN2354_convert_20180215191510.jpg

ラブイ。これも材料は雑穀。
コートジボワールやワガドゥグまでは、甘いお粥に砂糖や練乳をかけたようなものが多かったが、この村では重湯のようにとろとろした液体で、これまた発酵臭がする。50CFA.
(「撮って~!」とノリノリだったのに、カメラを向けると爆笑してこんなかんじになったマダム。笑)

みんなの朝ごはんを真似してみたが、1時間も持たずにヘロヘロ。
15km走って、Fada N'goumaに到着。

すぐに、油たっぷりomeletteと練乳たっぷりのcafe au laitを食べた。


1月19日

寒い…。
ガタガタしながら走る。
本当に1日の気温差が激しい…。

103km走って、Matiacoaliに到着。


1月20日

相変わらず向かい風がきつい。
30kmほど進むと、人々の様子が変わってきた。
初めて見る顔つき、髪型、体形、服装。

挨拶は「ボンジュー!」から、「ラーフィア!」へ。
(グルマンチェ語でHello! とか、How are you? 、Good health!という意味らしい。)

ただ通り過ぎて、ただ挨拶をしているだけなんだけど、民族の間を走り抜けているという実感が、「私、今、アフリカにいるんだなぁ。」という実感になって、ちょっと胸が熱くなった。

62km走って、ブルキナ最後の宿泊地:Kanthariに到着。

Brukina Faso part10

1月16日

明るくなるのを待って、6時に出発。
車は少ないが、もう多くのオートバイで賑わっている。
首都を走るのが一番、気疲れする。
10kmほどで抜け出し、マイペースに走り出す。(数㎞、硬い未舗装でガタゴト道。)

お昼ご飯を食べた青空レストランで、二の腕と前腕の色が違うことにビックリされて、びっくりした。
日焼けの説明をしても、ピンときていない様子。
日焼けしないのかな?

113km走って、Zorgoに到着。


1月17日

時折来る、強めの向かい風が体力を奪う。
疲れると、ご飯を食べたくなくなり、さらにバテる。

Auberuge(オベルジュ:宿)があるという情報があったDiapangouまで96km走ってみると閉まっていた…。
教会に宿泊施設がないか尋ねると、ムッシュたちが相談してくれ、男の子が自転車で案内してくれることに。

着いたのは、1軒のお宅。
男の子が敷地内にいる子ども達に私の説明をして、入れてくれた。

(教会に見えないんだけど…。)

男の子に、「ここ、教会?」と聞くと、頷く。
「この子達、あなたの姉弟?」と聞くと、頷く。

男の子は「さっきのところに戻るね!」と、出ていった。
(教会じゃなくて、この男の子の家に泊めてもらえるってことかな?)

お宅には子ども達しかおらず、泊まっていいのか家長に尋ねることができなくてどうしようか考えていると、
子ども達が飲み水や椅子、お風呂用にバケツの水まで準備してくれたので、水浴びをしてお父さんの帰りを待つことに。

雑談していると長女が、「何でここに来たの?」と。

(え!?話が通ってない…。)

宿を探してたらここに案内してもらったいきさつを話すと、「そういうことだったんだぁ!」と納得してくれた。
そしてこの子たちのお父さんは、裏の教会の神父さんのようだ。(「そういうことだったんだぁ!」と、私も納得。)

ちなみにここまで案内してくれた男の子はこの家の子どもではなく、近所の子どもらしい。(私のフランス語が分からなくて、全部頷いちゃたんだろうな…。)

長女がお父さんに電話で確認してくれれ、了承が得られたのでテントを張らせてもらう。
そして、三女が作ってくれたト(トウモロコシ粉に水を加え、練ったもの)と、ピーナッツのソースをごちそうになる。

DSCN2345_convert_20180215184850.jpg

私が食べたのを確認してから、みんなも食べ始める。

美味しいけど、正直、食べても食べても私は満腹感を得られなかった。
この子たち、栄養もカロリーも満腹感も足りてるのかな?
慣れ?
体(臓器や細胞の大きさや形)が適応してる?
色々、正常値は違うんだろうなぁとか、実はモリンガのようなスーパーフードが入ってる?とか、いろいろ思った。

22時頃、帰ってきたご両親に挨拶と
改めてお願いをして、就寝。

Brukina Faso part9

アフリカにいると、「この国が産地なのに、この国の人たちは使うことができていないんだなぁ。」と思うことがたまにある。
(チョコレートやバニラなど。)
ブルキナファソにはシアとモリンガがあるけど、どうなんだろう?と思って、見学させてもらった。


〈シアバター〉

シアバターとは、アカテツ科のシアバターノキの種子の胚から取れる植物性脂肪のこと。
食用や薬として用いられるほか、石鹸やクリームに配合されたりしている。

ブルキナでは昔から女性が手作業で作って、自分達で使っていたシアバター。
今はフランスの支援で機械を購入し、労働者の負担の軽減と、商品の質の向上を図り、首都のお土産やさんなどに卸しているらしい。
ここのassociation(アソシエーション:組合?)は女性の雇用と、賃金の底上げを目標に取り組んでいる。


DSCN1515_convert_20180215174346.jpg
シアの実。(ブルキナベはカリテと呼んでいる。)
食感・味は、アボカドを数倍脂っこくした感じ。


DSCN2245_convert_20180215181225.jpg
この種を洗って、干して、粉砕して、燻して、
(機械の多くが手動だから、労力も時間も要る。)


DSCN2248_convert_20180215181911.jpg
お湯を加えて、空気を入れるように混ぜる。

火にかけて固形物と油に分離させる。
この油をフィルターにかけてさらに不純物を取ると、未精製のシアバター(液体)の完成。


DSCN2266_convert_20180215182421.jpg
(冷蔵庫で固めると、固形化される。お料理に使ってもいいけど、私は保湿クリームとして使っている。
なんてったって、あのロクシタンと同じ、シアバター!!

未精製ということで少しオイルの匂いはあるものの、しっとり。
石鹸もあるけど、これまたしっとり。)

これを先進国に輸出したら?と思ったんだけど、シア石鹸は薬事法にひっかかるということで日本で石鹸として販売することはできないらしい。
(個人的な購入、雑貨用石鹸としての販売は可能らしい。)

シアバターは原材料として使用することは可能だけど、日本で石鹸などに加工すると販売価格が高くなる…。
(ブルキナでは100~200円で買える石鹸が、同じくらいの大きさで2000円するらしい。)

資源はあるのになぁ。
単純な話ではないんですね。。

ブルキナでは、シア石鹸は500CFAくらい。
安い石鹸は50CFA。
大盛りのごはんとスープは300CFA。
ということを考えると、余裕のある人しかシアグッズは買えないかも。

ちょっと前までは、「富裕層に売るために高価になり、自分達の手に入らないのは何か…。」と思ってたけど、最近は「物より、"仕事"や"お金"を必要としているんじゃないかな?」という考えも持つようになった。

日本でも使いたいなぁ。


<モリンガ>

モリンガとはインドを原産とするワサビノキ科の植物。
90種類以上の栄養素、46種類以上のポリフェノールを始めとする抗酸化物質を持つ、ミラクルツリー(奇跡の木)。
(沖縄でも育てられているらしいです。帰国後は、(ミーハーなので、飽きるまでは。笑)毎日摂りたい!と思ってます。)


DSCN2256_convert_20180215184345.jpg
単体で食べると、渋い茶っ葉の味。
私はヨーグルトに混ぜてたまーに食べてるけど、結構気に入っている。

スパイスの多い西アフリカのご飯では、入っているのか入っていないのか分からないけど、料理に使われてることは多いらしい。
効果は分からないけど、モリンガはいつまでもみんなが摂れるといいなぁ、と思いました。

Brukina Faso part8

Tiébélé:ティエベレ

首都から180km南のPo(ポー)へ、定刻に出発する大きなバスで3時間ほどかけて行く。(2000CFA)
Poに着くと、「Tiébéléに行きたいのか?」、「象を見に行きたいのか?」、「こっから先はモトタクシー(オートバイ)しかないぞ!」とうるさい。
しかも乗り合いバスは、ある。

仕事をしたい気持ちは良いことだけど、嘘はよくない。
逆に客を逃がしている。残念。

というわけで、ここから40km先にあるTiébéléまで、乗り合いバスで数十分かけて行く。
(1000CFA。未舗装なのと、何回も客の乗り降りで止まるため、時間がかかる。)

着くと人が勝手にやって来て、宿やらガイドやら案内してくれる。

AUBERGE  LE  MANGUIERに宿泊。
(1泊6000CFAの宿。トイレは穴式、お風呂はバケツの水で、屋外にある。蚊帳あり。)

Tiébéléには3ヶ所、ペインティングされた家の集まりがあるそうだが、私は1ヶ所だけ見学をお願いした。


DSCN2160_convert_20180210195413.jpg
(入場料2000CFA、ガイド料5000CFA。1時間。ガイドの身分証明証も値段表もないので、人によると思います。)


DSCN2192_convert_20180215051002.jpg
家の入り口は獣が入って来ないように、小さい。
(左下にある丸い穴は鶏の家。)


DSCN2182_convert_20180211025817.jpg
ピーナッツの形をしたのはおじいちゃん達の家で、四角いのは若夫婦の家。
暑い時期は木のはしごで屋上に上り、屋上で眠るらしい。


DSCN2162_convert_20180211022427.jpg
家にはいろいろ動物やマークが描いてある。
どうしてこの動物を描いてあるのか尋ねると、「文化だから。」と…。


DSCN2163_convert_20180211025606.jpg
(民族のマーク)

ただ、「昔は、紙やパスポートがなかったから家に描いてたんだよ。顔にも書いてるだろ?(顔に民族ごとに切り傷や、タトゥをつけている人たちがいる。)」と言われたのは興味深かった。

DSCN2403_convert_20180215162700.jpg
(民族の中にもいくつもグループがあるため、同じ民族でもマークはいくつかあるらしい。)

今は気候の変化で定住化する民族も増えてきているらしいが、何百kmも離れたところから言葉も通じない遊牧民たちがやって来た時、顔のマークを見て身元を知ることで安心してたのかなぁ、とか、
「我々はどこの民族だ!」と誇らしげに書くのかなぁ、
それとも書くのが当たり前だから書くのかな、とか。

"民族の証"

この人たちにとって、民族ってどんなものなんだろう?
(私にとって、"日本人"って何だろう?)

そんなことを考えた、Tiébéléでした。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

Orange☆

Author:Orange☆
今年、めでたく三十路の仲間入りを果たしたOrange☆と申します。
8月からチャリを持って、世界をちょこっと旅しようとかと思っている者です。

以後、お見知りおきを♪

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (333)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR