2017-09

病は気から。(まとめ)

前回はお見苦しい投稿、すみませんでした。
今回は、ようやく完治(多分)したので、経過と反省点をまとめようと思います。


<経過と診断(推測)>

8/16(水)、22時に親指2本分のソーセージを食べる。
8/17(木)、7時大量の下痢。その後、何も症状なし。
8/18(金)、何も症状なし。
8/19(土)、3時寒さ?悪寒?寝ぼけながら掛物を増やして、寝る。
10時、38℃。その他、何も症状なし。熱の変動を見たかったので、解熱剤は飲まず、水分とご飯をたくさん摂る。
熱は変動なく、ずっと38℃前半。
17時、解熱・鎮痛剤を飲む。効きは悪く、3時間後に36℃台へ。

※病院のない村にいた。病院のある町(wifiもある)までは15km程だったのに、予定してたルートの逆方向だったこと・熱以外症状がなかったため移動しなかった。体調が悪くなったら、近くの病院のある町までは移動すべきであった。

8/20(日)、3時、38℃台、ゲップが硫黄臭、排ガス多い。食中毒だと思い、持参してた抗生剤・解熱・鎮痛剤を飲む。
この日、病院のある町に移動。
11時、悪寒。ここからは薬は何も効かず、38℃台の発熱と頭痛、吐き気が続く。

※日曜日は、病院、薬局、多くのお店が休みであることを知らなかった。
病気になった時のシミレーション不足!!
・この国で多くの外国人が行く病院はどこか?
・この国は病院は毎日やっているのか?
・困ったときに相談できる相手、もしくは自分のルール。

(今回のことを通して、ないものやできないものは求めてはいけないけど、できる検査をしてもらえない時は、速やかに移動しようと自分のルールを作った。)

8/21(月)、病院受診。問診と触診の結果、食中毒という診断で抗生剤の注射と抗生剤・解熱鎮痛剤の内服薬をもらう。
症状はさらに悪化し、38℃~39℃後半。激しい頭痛、吐き気。
体調が悪く難しかったが、注射の薬剤名も記しておけたらよかった。

8/22(火)、もう一度受診。頻回な下痢、38~40℃、激しい頭痛と吐き気。
ホテルのムッシュが心配してくれ、医師にマラリアのチェックをお願いしてくれた。
ここで、マラリア:ポジティブの検査結果が出る。持参していた、コアルテム内服開始。
前回の投稿では散々に書いてしまいましたが、マラリアチェックをしてもらってなければ、治療薬を持ってるにもかかわらず死んでいたと思う。マラリアのチェックをしてもらえたことに、今、本当に感謝しています。

他の病気と同時期に起こると、急激に熱が上がって急激に下がるというマラリア特有の熱型は見られないこともある。
マラリア発症地域に行った後に発熱をしたら、マラリアチェックは必ずする!!

8/23(水)、ストレスフルで自主退院。
wifiのあるホテルで、日本大使館の医療担当の方に相談。
首都に戻ることに。

8/24(木)、首都の病院受診。
血液・尿・便検査の結果、サルモネラ菌と何かのバクテリアによる食中毒。
※マラリアの検査もお願いするべきであった。。

8/28(月)、日本大使館でマラリアチェックをしていただく。
熱帯熱型のマラリアにかかっていたということが分かった。

※市販のマラリアチェックキットは感度がやや低め、とのこと。
陽性が出たらマラリア確定でいいが、問題は陰性が出たとき。
安心できない、とのこと。

コアルテム(マラリアの薬)内服終了3日目に、薄く反応した検査結果の意味は、
①まだ原虫が体内にいる。
②マラリアと闘ってくれた私の抗体に反応している。
(内服終了、1週間くらいは体内に残るらしい。)
という可能性があるらしい。
症状は改善してきていたが、病院へ血液検査。

8/25(火)、血液内にマラリア原虫は見られず!!

ということで、食中毒と熱帯熱マラリアだったんだと思います。

※後半の私の心配の種は、「私は一体、マラリア発症何日目に薬を飲み始めたのだろう?」ということでした。

というのは、マラリアは1回目の発熱時に内服を開始できれば完治の確率は高いが、治療が遅れると慢性化(繰り返しやすい)ということをネットで見たことがあったからです。

慢性化(繰り返しやすい)の意味を調べてみることに。
マラリアは4種類の型があるんですが、三日熱マラリアと卵型マラリアの2つが原虫は肝臓に休眠して、数ヵ月~数年後に発症することがあるらしいんです。
このことを指しているとのこと。

私は、原虫が肝臓に休眠しない熱帯熱マラリアで、現在は血液の中にマラリア原虫はいない。つまり、完治!でいいのかなぁーと、思いました。

自分に何が起こっていたのかを知るのに、長い時間と労力、ストレスがかかりましたが、ようやく安心できました。

早い診断、早い治療開始。
そのためには、シミレーションと早めの行動が必要であり、今回のことを通して、具体策を持つことができました。

これからも安全第一、健康第一で進んでいきたいと思います。

追記
「eisai マラリア」で検索すると、マラリアのことが比較的わかりやすく説明してあります。

ハマダラカが人間にマラリアの原虫を入れることは知っていましたが、マラリアにかかった人間の中で孵化して増殖したマラリアをハマダラカが吸い取って自分の中で育て、また人に入れることは知りませんでした。

もし、マラリアの薬を飲み始めたら、最後まで飲みなさい!!と言われます。

これは途中でやめると、薬に耐性を持つマラリアを生み出してしまうからなのかなー、と思いました。
そうなると、新薬ができるまで多くの人が亡くなる可能性が出てきます。

だから、マラリアの薬を飲み始めたら、最後まで飲まないといけないんだな、ということを知ることができました。

知ってるつもりでも、実際なると、いろんなことが不足している私。
シミレーションして、具体的に準備をしていこうと思いました。

今回も長文、読んでいただきありがとうございました。

病は気から。

※今回は9割以上、ただの私のストレス発散なので、嫌味が多く、見苦しいです。

でも、一人の胸の中じゃ我慢の限界だったのと、ようやく気持ちを立て直せたので、残しておきたくて書きました。



コートジボワールから飛行機でマダガスカルにやって来ています。

気温が10℃くらい低くなったことに、空港で気付いた自分にびっくりしました。苦笑

コートジボワール同様、たかり屋とバカにするのが趣味な人たちの中を走っていたある日。
ソーセージに当たり、下痢をしました。
何も問題なかったので、走り続けてると、2日後に38℃前後の発熱が。

マラリア特有の急激に上がって、急激に下がるわけでもないし、食欲旺盛だったので、持参薬で様子を見てしまいました…。

次の日、薬の効果が出なくなり、病院に行こうとしたら日曜日は病院も薬局も閉まってたため、発熱3日目にようやく受診。

経過を書いたメモを見て、お腹を触った後、食中毒ということで抗生剤の注射と解熱剤を貰ってホテルへ。

軽減するどころか、40℃まで見え出し、激しい頭痛、一口でも口に入れれば吐きそうになる。

尿を見ればというか、私の体に入る水分量と出る水分量を考えれば、脱水です。

次の日、採血と水分補給の点滴をお願いしても、「飲みなさい、食べなさい。」「心配ない」「必要ない」としか言われず。

点滴のできる病院はどこにあるのか尋ねると、彼のもうひとつの職場に連れていってくれました。

点滴はしてくれたけど、何を理由にこの輸液を選んだのか分からないし、こんなに脱水の人に何で24時間かけて500mlしか入れないのかも分からない。
しかも実際に入ったのは、たったの200ml程度。

そして何故、このタイミングでしようと思ったのかも分からないけど、マラリアチェック。しかも陽性。
潜伏期間内に思い当たる節はないけど、チェックがそう出たならそうなんだろう。

どうなったら陽性で、どうなったら陰性なのか知らないけど。

半日で7回下痢をしても、何も補充されない。
薬を使う前に領収書を持ってきて、払うんだけど、未開封の薬だらけ。
ピッタリ払えなかったときのお釣りは何回言っても、戻ってこず。
100回言っても、戻ってこないでしょう。

熱は変わらないけど、頭痛が和らぐときが出てきたとき、思ったんです。

今、ここで私が死んでも、ここにいる全員は「先生、頑張ったのに残念でしたね。」と思うだけなんだろうな。
そんなことより遺体はちゃんと母の元にとどけてくれるんだろうか?
最後のご飯がオレンジになるのか、って。

そして、この不安と恐怖、孤独感が私の最後の感情になるのか、って。

すると、思い出したんです。
マダガスカルにある日本大使館には医療担当の方がいる、ということを。

そこからもスッタモンダはあったけど、連絡を取ることができ、首都の病院に行くことに。

10倍の値段をぼったくられてたらしいですが、無事に病院に行けました。
彼らは「貧しいんだ、お前たちは金持ちだからいいじゃないか。」と悪びれることはしません。
実際、車の中にいる私にお菓子やお金をねだる子どもがいると、「マダガスカルは貧しいからなー。」と笑って教えてくれました。

こういうことを言う人ほど、いい服来て、いい靴はいて、指やら首にセンスの悪い光り物を付けてます。
貧しいと言うなら、せめて貧しいフリだけでもすればいいのに。
貧しいのは金銭面じゃないんでしょう。

なんとか邦人もよく行くという病院にたどり着けて、ホッとしたのも束の間。
経過を聞いたあと、血圧を測った彼は「マラリアじゃないよ、元気ですよ、大丈夫。」と。

何でわかるのか聞いてみると、「力強く脈を打ってるから。」と。

じゃあこの6日間の高熱と頭痛と下痢はなんですか?病名を教えてください、と尋ねると「まだ検査もしてないから、知らない。」と。
血圧ひとつで元気ということは分かる彼なのに、不思議です。

ようやく、6日目にして、検査をしてもらえました。
問題ないよ!と言う彼の選んだチェック項目だけですが。

検査結果を待ってる間、発熱者の帰国時に必要な手続きって何だろう?それしか頭にありませんでした。

でも、実はずっと私のことを気にかけてくれていた女性がいたんです。
ずっと、心配してくれていた女性が。
受付のスタッフです。

何回も担当した彼に電話をしてくれていて、代わりの医師を紹介してくれました。

初めて、熱を測ってもらえました。
初めて、お腹に聴診器を当ててもらえました。

この医師はちゃんと症状を聴いてくれ、不安で押し潰されている私を理解してくれ、丁寧に質問に答えてくれました。

この二人に会えなければ、私は壊れていたと思います。
病じゃなくて、不安で。

国が違えば、医療も違う。
病気の認識も、死に対する認識も違う。

心のケア、インフォームドコンセント(十分な説明をした上での同意)に関しては、存在もあるのか分からない。

日本も他の国から見れば、いろんな面で遅れをとっているんだろうけど。

この約2ヶ月、違うことが楽しみじゃなく、苦痛にしか感じられなくなっている自分に、そろそろ旅の終わり時だと思っていました。

不満や怒りがあっても「何でよ!」と怒鳴ることなく、何も言わない自分を、6才若かった前回と違って、怒る気力と体力がなくなっていると思っていました。

でも違ったんです。
私がもうアフリカ人に諦めていたんです。
どうせ言っても分かんないでしょ?、どうせお金でしょ?、って。
めんどくさい人たち、って。

実際、9割はそうだと思います。
でも大事なのは、残りの1割の人たちと、その9割の人に対する自分だなぁと。

何が良いとか悪いとか、常識とか非常識とか、全く違うなかで私を想ってくれる優しさと、

何が失礼で、何がバカにしてる行為なのか、全く違うなかで私はどう受け取って、どうするのか。

正しい答えはないだろうな。
でも指を突きつけて怒鳴ることはあっても、もう目を逸らすことはないと思う。

今日、この二人に会えたことで「人と話したいな。」とまた思えたことが、涙と笑顔が止まらないほど嬉しかった。
本当に救われました。

悪い人ばかりの国なんてないんだから、と言ってくれた友人にも支えられました。

たった数分のやり取りで、頭痛はあるものの食べれる種類も増え、素直に笑えるようになりました。
単純。笑

病は気から。
これは本当のようでした。
そして、小さな病を大病にする。

そして、気持ちを立て直すのは自分自身だけど、そのきっかけをくれるのは人だから避けないで、と言ってくれた友人にも感謝。

※今回の反省点
1、大使館に外国人も使用している病院を確認してなかったこと。
2、自己判断するときは、そうであってほしいという想定じゃなくて、最悪の場合で想定すべきであった。
動けなくなってからじゃ、手遅れ。

※良かった点
プライベートタクシーの相場を知らないとはいえ、マダガスカルでこれはウソかも知れないとは思ったけど、捨ててもいい!と決断したこと。

これは、「たいへんよくできました◎」です。


※長い愚痴を読ませてしまい、すみません。
そして、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

COTE D'IVOIRE 情報

<ビザ>
マリのバマコで取得。(必要書類の1つに、コートジボワールでの宿泊先の予約コピーがあったんですが、電話して確認するので、キャンセル可能のちょっとお高い宿を一時的に予約するのが無難。)
※Facebookの「西アフリカ各国ビザ情報」参照。

<宿>
3000CFA(600円)~7000CFA(1400円)くらいが相場。
一度も停電しなかったし、テレビがついてることも!

<ごはん>
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アフリカで食べるスパゲッティはソフト麵のように柔らかいことが多いんだけど、コートジボワールのはちゃんとスパゲッティ。
レバーが入ってることが多かった。400CFA(80円)~500CFA(100円)。
朝ごはんで食べることが多い。

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コートジボワールに入って初めて食べた、アチェケと魚。
材料はキャッサバ。味はそんなにないけど、ちょっと弾力のある食感が好き。
魚の大きさで値段分けされていて、300CFA(60円)~400CFA(80円)くらい。

コートジボワールは米にスープをかけたもの、アチェケと魚か肉かゆで卵、ト(とうもろこしの粉からできた、見た目はお持ちのようなもの)、パンと主食の種類が豊富でした。
また、ヤムスクロより南では生野菜のサラダが食べれたのがものすごく嬉しかった!
(テレビの影響で、海外の食生活やライフスタイル、ファッションを取り入れることができるのかな?不思議。)

味付けに関してはセネガルとマリも唐辛子のピリ辛な味付けだったけど、唐辛子は後乗せで調整できた。
でもコートジボワールはもともとの味付けがちょっと辛目。
ちなみに唐辛子のことをフランス語で「ピーマン」というので、「たくさん!」なんて言わないように要注意です。笑

<ネット>
多くの人がSIMカードだから、wifiは大き目の町というか外国人が仕事や観光に来るような町だけの印象。
もっと探せばあったのかなぁ?
Ferkessedougou,Bouake,Yamoussoukro、Abidjan、Daloaにはありました。

<あいさつ>
コートジボワールには63民族が住んでいるとのこと。
違う民族と話す時、セネガルはウォルフ語、マリはバンバラ語だったが、コートジボワールはフランス語だよ。と言われた。

おもしろいなぁと思ったのは、コートジボワールの人たちはよく、「Ca va , un peu?」「Oui, ca va un peu.」とun peuをつける。
(Ca va:サバ、How are you?,I'm fine. Oui :ウィ、yes
(un peu:アンプ、a little

初めてのことで「え!?大丈夫?」と聞くと笑われた。
何回か聞いたことがあるけど、体調が悪いわけでも、疲れてるわけでもないらしい。
「コートジボワールはこうなのさ!」って言ってたから、理由はないのかなぁ?

<女性旅行者としての感想>
コートジボワールでは中高生くらいの男の子にキメ顔で、「美しいですね。」と言われることが多かった。
そんなことを言う少年は可愛いし、言われて悪い気はしないけど、要注意!
そういう国は、男性がしつこい傾向があると思う。(個人的な印象ですが…。ちなみに東側はエジプトがこうでした。)
実際、しつこかった。
これは可愛くない。

※ホワイトピーポー(彼らはアフリカ人以外のことをそう呼んでるみたい。)は、人気です。

「日本に連れていって!」、「俺とお前が結婚したらブラウンの子どもが生まれる。最高じゃないか!」、「ビジネスパートナーになってくれ!」等々。

「美しいですね。」の裏にあるものをちゃんと認識しつつも、せっかくだから喜んでおこうと思います。笑

COTE D'IVOIRE part4


せっかくチャリでアフリカを走ってるので、走行中の景色を紹介させていただきたいと思います!

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アフリカの人は車をかなりのスピードでとばします!
対向車が車じゃなければ、クラクションを鳴らしまくって追い越しを仕掛けてきます。スピードは緩めません!
なので、大きな道路沿いの村の前には、車に徐行してもらうようにタイヤやドラム缶、木などが置いてあります。


走行中の楽しみは、トラック観察!

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正面が顔のようになっていて、しかもカラフル!!国旗のカラーを使っていることが多いので、「どこの国のトラックかなぁ?」って見るのが楽しい。
そして各々の好きな言葉をフランス語で書いてあるので、それを見る(まだ”読む”とは言えない…。)のも楽しい。
宗教に関する言葉や、Bon(ボン:good) ~シリーズ、Merci(メルシー:thank you)~シリーズが多い。

人間観察も楽しい!
特にアフリカンレディが器用に頭の上に物を載せて、器用に歩く姿を見るのが好き。

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布をくるくる円座のように巻いたものの上に荷物を載せる。
大きい荷物も、小さすぎる荷物も、左右非対象の荷物も器用に載せて歩きます。

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チビッ子はまだ練習中。笑


あとは日本のモノを探すこと。

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日本からやってきたであろう古着や、中古車。
JICA以外にも日本は支援しているプロジェクトがあるみたいで、日本の国旗の入った看板を1か国に最低1つは見かける。


それに加えてコートジボワールではカカオを見ることができた!
チョコレートと言えばガーナのイメージだったけど、コートジボワールが世界第一位の生産国!!


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そんなところに実がなるの!?って大興奮!!

なんだかんだありましたが(←勝手に感じてただけだけど。苦笑)、走ってよかった。
そう思って終えることができて、満足です。笑

COTE D'IVOIRE part3


<impolie:失礼な人>

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コートジボワールに入って、気付かないうちに胃が荒れて、固形物を食べなくなっていた。
入国して1週間後、走行中に低血糖症状が出てようやく気付いた。
自分でも驚いたが、気持ち的に参っていたようだ。

セネガル、マリでは「みんなと違う私」は心配され、気を遣ってもらうことが多かった。
でも、コートジボワールでは「みんなと違う私」はねだられるか、笑われてばかりだった。

毎日、私のフランス語は真似され、無視された。

ごはんを食べに行けば、食べてる間、ずーっと、真似されて笑われる。
宿を探せば、「何言ってるかわかんない、あなた聞いてよ~。笑」、「嫌よ~笑」と、話を聞いてもらえない。
買い物に行けば、流暢なフランス語で何か言って私の買いたかったものは放り投げられる。何で買えないのか聞くと、無視。
(多分、バーコードが読み込めないか、小銭がなかったんだと思う。)

ま、小銭があっても渡したくないみたいだったけど。
(空っぽの小銭入れを見せて「本当にないから、また今度買いに来る」と言うと、「もうひとつ買えばお釣りを払わないでいいのに!」と怒りながら言い、小銭を渡すことも多かった。)

数え上げればキリがないので、ここら辺で。

いつもなら言い返すんだけど、声を出すのがめんどくさくなっていた。
ただ、宿に帰って「失礼な人」という単語を辞書で調べた。
でも、声を出すのがめんどくさくて使うことはなかった。

たった数分、一緒に過ごすだけで(勝手に隣にやってくる)、「金持ちなんだから、なんかちょうだい!」としつこくねだられるか、真似されて笑われるということが多くて、部屋の中で過ごすことが多くなった。
挨拶もしなくなった。
目も合わさなくなった。

まだまだあるけど、ここら辺で。

失礼な人たちだな、と思った。

でも元気になったら、冗談のいとこ関係(西アフリカには特定の苗字の者同士、出会い頭に冗談の罵り合いを演じ合って笑い、親睦を深めるらしい)のような、私にはないコミュニケーションのひとつなのか?という疑問が生まれた。
そこで、よーく見てみることに。

私(外国人)だけにやってることではないみたい。
買い物のおつり問題は、コートジボワール人同士でも同じようなシーンをよく見かけた。
お客さんが女性の場合、「(ぴったりの金額)ないわよ!」と強気に言って、無視。レジのマダムが渋々、貴重な小銭を出す。
真似をするのも、面白いからやってるだけ。馬鹿にするとか、失礼なことだとか、何も考えてないように思う。

人との接し方の違いだ。
出国5日前にようやく分かった。

ところ変われば失礼なことすら、変わる。

最後は満面の笑みで質問攻めにしたり、小突いてました(ムッシュ限定)。笑

コミュニケーションはキャッチボール。
投げられっぱなしも、投げっぱなしもいかん。

そして、デッドボールは投げちゃいかんし、当たってもいかん。

そのためには球をよーく見ないと。
何でそんな球を投げるの?と。

「違うモノ」は、よーく、よーっく。

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プロフィール

Orange☆

Author:Orange☆
今年、めでたく三十路の仲間入りを果たしたOrange☆と申します。
8月からチャリを持って、世界をちょこっと旅しようとかと思っている者です。

以後、お見知りおきを♪

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