2018-06

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Nireria part6

< Osogbo Sacred Grove >


ここは、ヨルバ人にとって宗教的な意味を持つ原生林。

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この原生林の近くを流れている川は、豊穣の女神オシュンが姿を変えたものと言われていて、ここに社を建てて祀ることで人々は恵みを受け取れると信じられていたそう。

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一時はオシュンへの信仰心が衰退し、社は森と一体化してしまったが、オーストリアの芸術家と地元の芸術家がタッグを組んで社を再興し、今では ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている場所。

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地域によって姿は違うらしく、こちらもオシュン。
オシュンはもともと足があったんだけど、人魚のようになったとみんなが教えてくれた。
(理由はよく分からなかった。)

毎年8月には、この川の水を汲みに多くの人が集まるお祭りがあるらしい。
「ヨルバ神話を知ってたら、彫刻の意味が分かったんだろうなぁ」と思うけど、「ヨルバの森」という不思議な森にいるみたいでわくわくした。

ただ、蚊と、人に慣れた猿には注意してください。苦笑



<おまけ>

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キューバに行った時、目についたマーク。
アフリカ由来の宗教、サンテリアのマークだった。

西アフリカから奴隷としてキューバに渡った人たちが、ヨルバ人の宗教を元にキリスト教とミックスさせ、できた多神教。
いろんな神がいて、信者はそれぞれの信仰する神の色のビーズのブレスレットをつけていた。
キューバにいる時に、「ナイジェリアに行くの?お金を渡すから、ネグロのブレスレット(赤と黒)を買ってきてほしい。」と言われたことがある。

キューバで感じたアフリカ。
これは、西アフリカから来たのか?
ナイジェリアに行ったら、繋がりを知ることができるのか?
キューバにいる時から、ナイジェリアに来ることをものすごく楽しみにしていた。

でもナイジェリアでは、そんなビーズのブレスレットは見かけなかった。
(彼らは「私はキリスト教徒(もしくはイスラム教徒)よ。でも、ヨルバ人だから、ヨルバ神話は知ってる。」と言って、ヨルバ神話を教えてくれた。ナイジェリアでは宗教ではなく、”民族の心”として、みんなの中にあるように感じた。)

そして、サンテリアはキリスト教とミックスされ、もともとのヨルバ神話と少し違う。
だから、ピンとこなかった。

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でも、これをここのお土産屋さんで見て、ガイドの口からそれぞれの色の神の名前を聞いて、「あぁ、本当にここからキューバに行ったんだなぁ。」と実感した。

ここに来るまでの間、ナイジェリアの人たちに「何でここに来たんだ?」とよく聞かれた。
その度に、キューバの写真を見せながらこの話をすると、彼らの多くは大きな声を出して喜んだ。
本当に大きな声で。

そして、「I know .I miss them.」と優しく微笑んだミスターを見た時、ここに来てよかったなぁ、と思った。

Nireria part5


3月8日

ナイジェリアもアップダウンが多い。
体力的に疲れる、というのもあるけど、上りでスピードが遅い時はちょっかいをかけられやすいから、人口密度が高くて坂が多い道は好きじゃない。

「待て!」と腕を捕まれたり、抱きつく真似をして道を塞いだり、「押してやるよ。」とバイク乗りが後ろから足で押して(蹴って)きたり、対向車(バイク)がからかって突っ込んできたり。

どこの国でもあったけど、人口密度が高い分、頻度は増えてる気がする。

気持ちの乱れはハンドルの乱れに繋がる。イライラしたら、危ない。
怒るな、私。

89km走って、Ibadanに到着。


3月9日

ナイジェリアに入って、青空コーヒーショップがなかなか見当たらない。

ご飯やオコ、揚げ物、パン1斤、ペットボトルのジュース、お酒をよく見かける。
練乳たっぷりのカフェオレとフランスパンが恋しい…。
(フランス圏じゃないから、フランスパンはないのかな?)

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オコ:トウモロコシの粉でできている。これはジンジャー入り。

101km走って、Osogboに到着。

Nireria part4

Olumo Rock>

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1830年~1833年にダホメ王国とヨルバ族との戦争で民族滅亡の危機に陥った時、この岩を砦として抗戦し勝利を得たという歴史から、ヨルバ人の聖地となっているらしく、ちびっ子たちが社会科見学に来ていた。

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岩の隙間にはここで料理をしたり、寝ていたのかな?と思うような形跡があった。


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近くにORISA OLUMO CHAMBERと書かれている。
オリシャはヨルバ人の伝統宗教の神のこと。
神殿ってこと??


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よく分からないもの。
ヨルバ神話を知っていたら、分かるのかな?

ナイジェリアは英語圈だけど、発音が違うことが多い。
(tourist はトーリスト、place はプラス、teaはチーなど。)
※全員ではない。

一生懸命説明してくれるんだけど、ネット以上のことを知ることは私には難しかった。苦笑
ヨルバ神話の絵本が欲しいなぁ。

Nireria part3

3月4日

Sarahにメインロードまで送ってもらって、出発。

今日は日曜日。
あちらこちらから、太鼓と歌声が聞こえてくる。

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全身を白で統一したキリスト教の人たち。宗派があるんだろうな。

途中、水を買うために止まったAdo Odoで「今日は3年に1回のMasquradeだから見ていきなよ!」と誘ってもらい、案内してもらった。

みんな興味津々でいろいろ質問してきたり、お金のおねだりをされたりしながらくつろいでいると、一人のミスターが「何で外国人がここにいるんだ!」、「見たいならお金を払え!」と大きな声で言ってきた。

このMasquradeが何なのか分からないから神聖なものだったら悪いな、と思って、「ごめんなさい、ありがとうございました。」と言って、離れようとすると案内してきてくれたMr Lawalが「こいつはセネガルから自転車でやって来たんだぞ。見せてやろうよ。」というようなことを言ってくれ、見学できることに。

そして、「動画を撮りな!」と言ってくれ、動画も撮らせてもらった。
それどころか目の前に人だかりができると「(私に)Masquradeが見えないから、どいて!」とみんなに言って、しっかりと撮影させてくれた。

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貴重なものを見せていただいた。
(Masquradeは宗教やお祈りではないらしい。ナイジェリアの文化だ、とか、ただのお祭りだ、と教えてもらった。)

気を付けてな!と見送ってもらって、出発。
66km走ってIlaroに到着。


3月5日

ナイジェリアは1つ1つの町が大きいから、メイン道路に出るまで時間がかかる。
また、行き方も色々あるから道を尋ねるときは、細かく行き先を伝えないと違うルートになってしまうこともある。
今日は、違う道を走っていた。苦笑
(本当は交通量の少ない2車線で行きたかったのに、4車線に出てしまった…。)
75km走って、Abeokutaに到着。

ネットカフェに行くと、知らない人からメールが来ていた。

数日前、ナイジェリアとカメルーンの陸路の国境が閉鎖していると聞いたので、ベナンに滞在している時にカメルーンの日本大使館にメールをして確認をしたのだが、そこからナイジェリア、ベナンの日本大使館に個人情報が出回ったらしい。

個人情報を"勝手に"使っていること、個人的なメールを"勝手に"転送していることはとても腹立たしかった。
正直に言うと(受け取る私の問題かもしれないが)、嫌みったらしく人を馬鹿にし、威圧しているような文章にも腹が立った。
でも、何かあったら迷惑をかけてしまうのは事実。

だから、走行期間・距離をバスを使うことで半分にすると妥協したが、"「本当に」迷惑をかけたくないと思っているなら、飛行機ですぐに出国してください"、と。

数回やり取りをしたが、これまでと変わったことはなく走れると感じている私と、危険だからすぐに出国してほしい大使館の人では、話は平行線だ。

何が一番大事か考えたら、「安全」だ。
「安全を得るためには、飛行機で今すぐ出国するしか方法はないのか?」と考えたら、私の答えは「No」だ。

地元の人や警察の意見と、大使館の意見は正反対。
実際、ナイジェリアにいる私が感じている治安は地元の人たちと一致している。

そうであってほしいという希望じゃなくて、実感。
100%なんてないけど、走ることに決めた。

Nireria part2


<Seriki Faremi Williams Abass Slave Museum>

Sarahが案内してくれたのは、奴隷に関する博物館。

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ダホメ王国時代、ナイジェリアの海岸で、Williamsというスペイン人とAbassというダホメ人が奴隷貿易を行っていた資料が残されていた。

奴隷にするために連れてこられた人たちは、小さな窓が1つだけある小さな部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれる。
(この奴隷狩りの時も、この民族を狙う、というものがあって、顔に刻まれている"民族の証"で選んだんじゃないだろうか?)

鎖で繋がれ、トイレもその部屋の中で。
こんな衛生面じゃ、病気で亡くなる人もいる。

逃げ出せば殺されるか、二度と逃げられないように足の指をすべて切り落とされたそうだ。

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逃げ出せないように、首、腰、足に重い鎖で繋がれ、反撃するパワーをもてないように、食事は1日1回だけ。
しかも、上唇と下唇の近くに穴をあけ、勝手に何も食べれようにマスクを装着させていたそうだ。

ようやく船に乗れても、嵐などで船が傾けば、船のバランスをとるために海へ放り投げた、と。
奴隷の人数より、たどり着けずに亡くなった人数の方が多いんじゃないか?と思った。

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大きなパラソルが欲しい時は、奴隷40人と交換。
大砲は100人。
銃は40人。
ワインは10人。
お皿は10人。

こんな馬鹿げた理由で奴隷にさせられた人たちは、自分の名前を持たない。
雇い主の名前を身体に刻印され、家政婦もしくは農夫として生きたそうだ。

博物館の敷地内には、Abassの墓があった。
「誰も掘り起こして、骨を捨てようとしたりしないの?」とガイドに尋ねると、彼は笑った後に「奴隷貿易の歴史を知ってもらうために必要だからね。」と答えた。

知ることは、二度とこんなことを繰り返さないようにするため、そして供養になるのかもしれない。そんなことを思った。

このあと、Sarahの大豪邸にお泊まり。
一緒に韓国映画を見て過ごした。
帰ったら、韓国映画を見たい!と、やりたいことリストが増えた :) 

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プロフィール

Orange☆

Author:Orange☆
今年、めでたく三十路の仲間入りを果たしたOrange☆と申します。
8月からチャリを持って、世界をちょこっと旅しようとかと思っている者です。

以後、お見知りおきを♪

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